お釈迦様の十大弟子とはどのようなものなのか

お釈迦様の十大弟子とは?

お釈迦様の十大弟子とは?

今回はお釈迦様の十大弟子を紹介していきます。

お釈迦様

教典には、お釈迦様の存命中に出家したお弟子さんが1250人もいたと言われております。


お釈迦様の十大弟子のメンバーは?


お釈迦様の十大弟子の特徴は?

智慧第一の舎利弗(しゃりほつ)

多数いる仏弟子の中で、一番弟子と言われておりお釈迦様の説く教えを、誰よりもいち早く理解したと言われるのが舎利弗です。

「阿弥陀経」「般若心経」のお経は、舎利弗に対して説かれたと言われております。

「長阿含経」(じょうあごんきょう)には、仏教の漢訳「阿含経」の中で、多数のお弟子の中でも舎利弗と目連が第一と言われるが、目連でも舎利弗には敵わないと言われております。

そのため、舎利弗は智慧第一と言われており、お釈迦様の説く教えをいち早く理解したと言い、またお釈迦様に代わり教えを説く事もあったと言われております。

神通(じんずう)第一の目連(もくれん)

この目連は、お盆の起源に関係がある事で親しまれているお弟子さんです。

お盆とはもともと盂蘭盆会(うらぼんえ)を略したものであり、仏教の「仏説盂蘭盆会経(ぶっせつうらぼんきょう)」というお経にある話から始まったと言われております。

この目連は、悟りを開いた者だけが得られる神通力に最も優れていたと言われており、そのため神通第一と言われるようになりました。

目連はこの神通力によって、幾度となく難を逃れたと言われております。

頭陀(ずだ)第一の魔訶迦葉(まかかしょう)

この摩訶迦葉は、古代インドのマガタ国の王舎城近郊の裕福なバラモン(司祭階級)の子として生まれました。

畑仕事の最中に、土中から出てきた虫が鳥に食べられるのを目撃し、間接的ではあるが殺生の罪を感じて、この出来事をきっかけに出家したと言われております。

この頭陀とは、摩訶迦葉が出家してから生涯を通して、衣食住に対する欲望を捨てて、質素な生活を送る修行いわゆる頭陀行(ずだぎょう)を続けたからと言われております。

お釈迦様の入滅後は、舎利弗・目連も亡くなっており、この摩訶迦葉がお経をまとめる結集(けつじゅう)という会議を発案するなど、実質的なお釈迦様の後継者として活躍したと言われております。

天眼(てんげん)第一の阿那律(あなりつ)

この阿那律は、お釈迦様の従兄弟でありこの十大弟子の中では唯一の盲目の僧侶であります。

お釈迦様が多くの弟子の前で説法中に、この阿那律は居眠りをするという失態をしてしまいます。

お釈迦様は説法が終わってから、阿那律を呼び寄せて叱責されました。

その事以来、阿那律は説法中だけでなく夜も眠らないと、お釈迦様に誓ったと言われております。

この不眠・不臥(ふが)の極端な苦行を、お釈迦様は阿那律にやめるよう説得しましたが、聞き入れる事なく失明してしまいます。

その後、阿那律は失明の代償として、全ての物事の真実を見通す天眼を得ました。

解空(げくう)第一の須菩提(しゅぼだい)

この須菩提は、北インド、コーサラ国の首都サーバティ「舎衛城(しゃえいじょう)」のバラモン家系の家に生まれました。

「西遊記」に出てくる孫悟空の師匠が、この須菩提であります。

また解空第一と呼ばれるのは、「あなたは空を解く道に非常に優れており第一人者である」、という意味であります。

須菩提の叔父は、お釈迦様に祇園精舎を寄進した須達多(スダッタ)長者であります。

この須菩提は、祇園精舎を献納した際のお釈迦様の説法を聞いて感銘し、弟子となる事を決めたと言われております。

説法(せっぽう)第一の富楼那(ふるな)

この富楼那は、フルネームで富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし)と言われております。

これは、富楼那の母親が弥多羅族であって、弥多羅族の女の子という事で、弥多羅尼子と言われます。

富楼那は、お釈迦様と同じ日にドーナバットゥという村の富豪の家に生まれ育ち、父親はお釈迦様の父親である浄飯王(じょうぼんのう)に仕えていたと言われております。

母親は、お釈迦様がシッダルタ太子と言われていた時からの付き人であり、仏の悟りを開かれた時に、一番最初にお弟子になったキョウチンニョの妹だったと言われております。

この富楼那は、お釈迦様のお弟子の中でも、一生の間で9万9千人もの多くの人に仏教を伝えたために「説法第一」と言われております。

また説法第一呼ばれる事から、日本の法然上人の説法は富楼那のようだと讃えられていたり、雄弁な事を例えて「富楼那の弁を振るう」と言われます。

論議(ろんぎ)第一の迦旃延(かせんねん)

この迦旃延の出生については、諸説がありはっきりしない所があります。

出生が、クシャトリヤの説とバラモンの説があります。

また、お釈迦様に出会う前には、アヴァンティ国の王様に仕えていた説とアジタ仙人の弟子という説とがあります。

迦旃延の兄もとても優秀であったため、父親は兄が嫉妬するのを心配して、迦旃延をアジタ仙人に預けたと言われております。 このアジタ仙人というお人は、お釈迦様はいずれは仏陀となる、と予言をした人です。

持律(じりつ)第一の優婆離(うばり)

この優婆離は、インドのカーストのシュードラの出身で、カピラ城の釈迦族の王子達の理髪師だったそうです。

また、お釈迦様が悉多(シッダルタ)として太子だった頃に執事だったとも言われております。

この優波離は、点奴隷出身であったため、貧しい暮らしには慣れており身体も丈夫であったので、きつい修行や厳しい戒律も優波離にとっては容易だったようです。

また優波離はとても律儀な性格の持ち主であって戒律に精通しており、よく遵守した事から、後に阿羅漢果(あらかんか)を得て、「持律第一」と称せられるようになったと言われております。

優波離は、お釈迦様に戒律について質問して直接ご指導を受けており、お釈迦様が亡くなられた後、結集(けつじゅう)では、阿難がお経を暗唱し優波離は戒律を暗唱しました。

密行(みつぎょう)第一の羅?羅(らごら)

この羅?羅は、お釈迦様の実の子でラーフラとも呼ばれており、お釈迦様は16歳で結婚しましたが子宝に恵まれず、27歳になった時にヤショーダラー妃との間に生まれた子です。

ラーフラには、束縛者やさわり・さまたげといった意味があります。

お釈迦様が悟りを説かれて、初めて故郷のカピラ城に里帰りされた際に弟子となったと言われております。

この羅?羅は、仏道の修行に大いに励んでおり、お釈迦様の実の子として他の人から注目されている事を知っており、人々の規範となるよう何倍も努力をして、自分自身をつつしんだと言われております。

このためお釈迦様が定めた戒律をよく守り、人々の規範となるよう努力をしていたため、戒行第一と言われており人格にも定評があったと言われております。

羅?羅像は、真正面を向いており、眼を閉じて両手は腹前で袈裟の中につつまれております。

多聞(たもん)第一の阿難陀(あなんだ)

この阿難陀は、中インドの摩竭陀国(まかだこく)の王族として生まれました。

阿難陀は、お釈迦様の従兄弟で出家した後、一生涯お釈迦様にお仕えし法門を常に間近で聴聞し、それをつぶさに記憶していた事から多聞第一と言われております。

阿難陀は、魔訶迦葉(まかかしょう)・舎利弗(しゃりほつ)に次いで、第三の高弟であったと言われております。

お釈迦様が、55歳の時に阿難陀は弟子となり、従う事20余年あまり、お釈迦様を師としてお仕えし惜しみなく尽くしたと言われております。

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神棚

神棚封じの意味とは?神様に「死」という穢れ(けがれ)が及ばないために行うものです。

これは日本に古くから伝わる神道で、「神様を祀る神棚は尊いものであって、そこに死の穢れがいかないように」という考え方があるためです。

お盆

お盆は、7月や8月の夏に行われる祖先の霊をおもてなしして、供養する仏教行事の事を指します。

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北枕

北枕は縁起が悪い?日本では昔から、「北枕は縁起が悪い」と言われています。

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榊は「木」に「神」と書き、神事に使われる木という意味があります。樒は仏前や墓前に供え、榊は神棚に供えます。

精進料理

精進料理とは?和食の代表ですが、仏教の影響を色濃く受けて発展してきた事が大きな特徴です。

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数珠

数珠・念珠の違いは?数珠も念珠も、基本的には同じ物を指します。(諸説あり)

数珠は、仏教でお経や念仏を唱える時に、その回数を数えるために数珠の珠で数えるようになったとされています。

喪中

忌中と喪中の違いとは?忌中とは、一般的に言うと逝去してから四十九日までの期間の事を言います。

この忌中の期間は、家にこもって、故人のために祈り、穢(けが)れを祓(はら)い、過ごし方に気を付けなさいとされています。

お布施

お布施とは?お布施とは、「ダーナ」というインドのサンスクリット語の言葉であり、「与える」という意味です。

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だるまさん

だるまと言えば?達磨(だるま)といえば、テレビの選挙映像や家庭内・オフィスなどでも見られます。

小さい子供の頃の遊びで「にらめっこ」の唄や、鬼ごっこの遊びで「だるまさんが転んだ」、玩具の「だるま落とし」等があります。このだるまのモデルは、禅宗の祖師である達磨大師です。

お経

お経とは?お経とは、お釈迦様の教えを最初はお経のように書き記したものでなく、後々お釈迦様の弟子が口伝えしたものをまとめたものを指します。

お経はインドの経典が中国を経由した後、日本に伝わってきました。日本国内におけるお経の種類ですが、8万4000とも言われており、正確な数はわかっておりません。

宗派

宗派を調べるには?故人の住まいにお仏壇があれば、そのお仏壇から宗派を確認する事が出来ます。

お仏壇は、寺院の様式をそのまま小型化にしたもので、宗派ごとに御本尊と両脇の祖師が違うので、ここが宗派を知る手掛かりになります。

坐禅

坐禅とは?坐禅の指導書として、道元(どうげん)には「普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)」・「弁道話(べんどうわ)」、「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」の「坐禅儀(ざぜんぎ)」・「坐禅箴(ざぜんしん)」等があります。

その中の「普勧坐禅儀」では「坐禅は安楽の法門(ほうもん)」と紹介されています。

三仏忌

三仏忌とは?三仏忌とは、成道会・灌仏会・涅槃会を指します。悟りを開く事を成道(じょうどう)と言われ、12月8日は釈尊(釈迦の尊称)がお悟りになられた日であります。

この日を記念して、8日には成道会(じょうどうえ)と言われる法要を営みます。